【クイズ】1964年、あの夏の東京。あなたはどれだけ覚えていますか?

【クイズ】1964年、あの夏の東京。あなたはどれだけ覚えていますか?

地域・都道府県DooMoo編集部クイズ企画スタッフ読了 約 7

1964年10月、東京オリンピックを境に大きく姿を変えた東京。新幹線、モノレール、首都高、国立代々木競技場——いくつ覚えていますか?あの夏を10問のクイズで振り返りましょう。

1964年10月。日本中のテレビが、街頭の電気屋さんが、そして家族の食卓が、ひとつの聖火に向かって熱気を帯びていた——あの夏のことを、覚えていますか。

子どもだった方も、まだ生まれる前だった方も、「東京オリンピック」という言葉には不思議な力があります。父や母から何度も聞かされた話、教科書で見た写真、当時の歌や食べ物。直接の記憶がなくとも、私たちの暮らしのどこかに、確かにあの夏は息づいています。

そして今あらためて振り返ると、たった2週間ほどの祭典をきっかけに、東京という街がどれほど大きく姿を変えたかに驚かされます。空も、道も、川も、駅も——あなたが今もよく通る、あの場所この場所。実はその多くが、1964年を境に生まれ変わったものなのです。

今回のクイズ、いくつ正解できるでしょうか。ちょっと懐かしい、ちょっと自慢したくなる、そんな10問をご用意しました。

「東京都」って、こんなところ

日本の首都・東京都。世界有数のメガシティとして知られていますが、その姿は実は「ここ60年ほどの間に劇的に作り変えられた都市」でもあります。

戦後の焼け野原から立ち上がり、地方から人々が集まり、住宅も道路もインフラも追いつかない——そんな時代に、東京は世界中の目が注がれる「大舞台」を引き受けることになりました。アジア初の夏季オリンピックという、途方もない挑戦です。

開幕までの数年間、東京は文字どおり街中で工事が行われ続けました。鉄道、高速道路、空港アクセス、そして世界に誇る競技施設。建築家たちは時代に名を残す名建築を生み出し、技術者たちは「ありえない」と言われたスピードで未来を形にしていきました。

そうして迎えた1964年の秋——青空に描かれた五つの輪は、日本という国がもう一度世界に立ち上がった瞬間の合図だったのです。

そんな「あの夏の東京」を、街、建物、人、勝負の場面、いろいろな角度から思い出してみませんか。

クイズをかんたんにご紹介

  • 開会式が行われた、いま私たちもよく知るあの記念日のこと
  • 開幕直前に走り出した、日本の技術力の象徴
  • 今も世界中の建築家を魅了する、あの競技場を手がけた巨匠
  • 空港と都心を結ぶ、日本初の乗り物
  • 平和への祈りが込められた、聖火を継いだ若者の物語
  • 連覇を成し遂げたマラソン界の伝説
  • 「お家芸」をめぐる、日本中が息をのんだ勝負
  • 当時の東京で暮らしていた人々の数
  • 今も賛否が分かれる、東京のシンボル的な場所の風景
  • そして、東京大会が世界史に残した「アジア初」の意味

知識として知っていた方も、当時の記憶を呼び起こしながら答える方も、はたまたその時代を全く知らない方も。きっと10問のどこかで、「そうだったのか!」と膝を打つ瞬間があるはずです。

クイズに挑戦!

11 / 10

1964年の東京オリンピックの開会式が行われたのは何月何日?この日はのちに「体育の日」として国民の祝日になりました。

22 / 10

東京オリンピック(1964年)の開幕わずか9日前に、東京〜新大阪間で開業した新幹線はどれ?日本の技術力を世界に示す存在となりました。

33 / 10

1964年東京オリンピックのために建設された「国立代々木競技場」。斬新な吊り屋根構造で世界から注目されたこの建物を設計した建築家は?

44 / 10

1964年東京オリンピックにあわせて、羽田空港と浜松町を結ぶ「東京モノレール」が開業した。

55 / 10

1964年東京オリンピックの開会式で、聖火台に最後に点火した「最終聖火ランナー」は誰?原爆が投下されたまさにその日に生まれた選手です。

66 / 10

1964年東京オリンピックのマラソンで金メダルを獲得したのはどの国の選手?前回のローマ大会でも優勝した「連覇達成者」として知られます。

77 / 10

1964年東京オリンピックで、日本は柔道の全4階級すべてで金メダルを獲得した。

88 / 10

1964年のオリンピック開催時、東京都の人口はおよそ何人だったと推計される?(参考: 総務省統計局「国勢調査」)

99 / 10

1964年の東京五輪整備で川の上に高速道路が建設され、今なお「景観問題」として議論が続く東京の名所はどこ?

1010 / 10

1964年の東京オリンピックは、アジアで初めて開催された夏季オリンピックである。

回答と解説まとめ

クイズに挑戦してからおさらいにお使いください。

1 問: 1964年の東京オリンピックの開会式が行われたのは何月何日?この日はのちに「体育の日」として国民の祝日になりました。

正解: 10月10日

開会式は1964年10月10日。雲ひとつない快晴の空を航空自衛隊機が五輪マークで彩り、その迫力ある映像が世界に生中継されました。この日はのちに「体育の日」として祝日化し、2000年から10月第2月曜日となっています。

2 問: 東京オリンピック(1964年)の開幕わずか9日前に、東京〜新大阪間で開業した新幹線はどれ?日本の技術力を世界に示す存在となりました。

正解: 東海道新幹線

東海道新幹線は1964年10月1日に開業。オリンピック開幕わずか9日前の出来事でした。東京〜新大阪間を最高時速210kmで結び、「戦後復興を果たした技術立国・日本」を世界へ示す二大シンボルのひとつとなりました。

3 問: 1964年東京オリンピックのために建設された「国立代々木競技場」。斬新な吊り屋根構造で世界から注目されたこの建物を設計した建築家は?

正解: 丹下健三

丹下健三が設計した国立代々木競技場は、鋼鉄ワイヤーで屋根を吊り下げる独創的な吊り屋根構造が特徴です。「20世紀の傑作建築」として国際的に高く評価され、現在も多くの建築家に影響を与え続けています。

4 問: 1964年東京オリンピックにあわせて、羽田空港と浜松町を結ぶ「東京モノレール」が開業した。

正解:

東京モノレールはオリンピック開幕の23日前、1964年9月17日に開業。浜松町〜羽田空港を結ぶ日本初の本格的な都市モノレールとして整備され、海外からの来場者を迎える「空港アクセスの顔」となった路線です。

5 問: 1964年東京オリンピックの開会式で、聖火台に最後に点火した「最終聖火ランナー」は誰?原爆が投下されたまさにその日に生まれた選手です。

正解: 坂井義則

坂井義則選手(当時19歳)は、広島への原爆投下と同じ1945年8月6日に生まれた人物です。「平和の象徴」として選ばれた最終ランナーの点火シーンは、五輪史に残る感動的な名場面として語り継がれています。

6 問: 1964年東京オリンピックのマラソンで金メダルを獲得したのはどの国の選手?前回のローマ大会でも優勝した「連覇達成者」として知られます。

正解: エチオピア

エチオピアのアベベ・ビキラ選手が金メダルを獲得し、マラソン史上初の連覇を達成しました。ローマ大会では裸足で走ったことで有名ですが、東京では靴を履いて出場し、それでも世界記録で優勝しています。

7 問: 1964年東京オリンピックで、日本は柔道の全4階級すべてで金メダルを獲得した。

正解: ×

1964年の柔道は軽量・中量・重量の3階級で金メダルを獲得しましたが、無差別級ではオランダのアントン・ヘーシンク選手に敗れました。「柔道発祥国の敗北」として当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。

8 問: 1964年のオリンピック開催時、東京都の人口はおよそ何人だったと推計される?(参考: 総務省統計局「国勢調査」)

正解: 約1000万人

1960年の国勢調査で東京都の人口は約969万人(参考:総務省統計局)。1964年頃には約1000万人に達したと推計されます。地方からの急激な人口流入が続き、住宅不足や交通渋滞が深刻な問題でした。

9 問: 1964年の東京五輪整備で川の上に高速道路が建設され、今なお「景観問題」として議論が続く東京の名所はどこ?

正解: 日本橋

首都高速は用地取得の困難から日本橋川の真上に建設されました。江戸時代から続く名橋・日本橋の景観を損なうとして長年問題視され、現在は地下化工事が進行中で、地下ルートの開通は2035年度、高架橋の撤去完了は2040年度が目標です。

10 問: 1964年の東京オリンピックは、アジアで初めて開催された夏季オリンピックである。

正解:

1964年東京大会は、アジアで初めて開催された夏季オリンピックです。敗戦から19年でめざましい復興を遂げた日本が、新幹線・首都高などの近代インフラとともに「新生日本」を世界へアピールしました。

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公開日: 2026/05/26 / 更新日: 2026/05/26

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