【クイズ】太閤さんが愛した名湯・有馬温泉。1400年の歴史、どこまで知ってる?
神戸の奥座敷・有馬温泉は、1400年以上の歴史を持つ日本三古湯のひとつ。豊臣秀吉が9回も通った名湯の、金泉・銀泉の二色の湯、舒明天皇の逸話、名物・炭酸せんべいまで、有馬の歴史と名物を10問のクイズで味わいましょう。
ふぅ、と息をつきながら、とろりとしたお湯に肩まで浸かる。
日本人にとって温泉は、ただ体を温めるだけの場所ではありません。日々の疲れをほどき、心をゆるめ、誰かと語らう——そんな特別な時間が流れる場所です。そして数ある名湯の中でも、「ここは別格」と語り継がれてきた温泉が、兵庫県にあります。
有馬温泉(ありまおんせん)。
神戸の奥座敷として知られるこの温泉は、なんと1400年以上もの歴史を持つ、日本でも指折りの古湯です。古い書物にもその名が登場し、天皇が長期滞在し、そして——あの天下人・豊臣秀吉が、こよなく愛したことで知られています。「太閤さん」と親しまれた秀吉は、何度も何度も足を運び、有馬で盛大な茶会まで開いたほど。それほどまでに人を惹きつける、いったいどんな魅力があるのでしょうか。
有馬温泉のすごさは、歴史だけではありません。実はこの温泉、まったく性質の異なる2種類のお湯が湧くことでも知られています。濃い色をした個性的なお湯と、さらりと透明なお湯。ひとつの温泉地で、二つのまったく違う湯あみが楽しめる——これは全国的にも、とても珍しいことなのです。
今回のクイズは、そんな有馬温泉の歴史と名物をめぐる10問。温泉好きの方も、歴史好きの方も、「そんな話があったのか!」と、湯に浸かったときのように、ほっと心がほどける発見があるはずです。さあ、あなたは何問正解できるでしょうか?
「有馬温泉」って、こんなところ
有馬温泉は、兵庫県神戸市の北、六甲山地の山ふところに抱かれた温泉地です。大都会・神戸からほど近いのに、ひとたび足を踏み入れれば、そこは時間がゆっくり流れる別世界。曲がりくねった坂道に、古い旅館や土産物屋が軒を連ね、そこかしこから湯けむりが立ちのぼる——どこか懐かしく、風情たっぷりの温泉街が広がっています。
同じ兵庫県には、日本の時刻を決める子午線が通るまち「明石」もあります。最先端の科学を象徴する明石と、1400年の歴史が息づく有馬。同じ兵庫県の中に、これほど対照的な顔があるのですから、つくづく懐の深い県だと感心させられます。
さて、前置きが長くなりましたが、有馬温泉がこれほどまでに名湯とされるのには、理由があります。
ひとつは、なんといってもその歴史の古さ。日本にはたくさんの温泉がありますが、有馬は「日本でもっとも古い温泉のひとつ」に数えられる、まさに温泉界の長老格。古代の天皇から、戦国の武将、江戸の旅人、そして現代の私たちまで、千年を超えて人々を癒やし続けてきました。
そしてもうひとつが、お湯そのものの個性。有馬には、見た目も成分もまるで違う2種類のお湯が湧き出ています。これは、地中深くの複雑な地質が生み出す、有馬ならではの恵み。色の濃いお湯と、透明なお湯。それぞれに効能も入り心地も異なり、両方を巡る「湯めぐり」は、有馬を訪れる人の楽しみのひとつになっています。
歴史に名を残す数々の人物が愛し、二色の名湯が今も湧き続ける温泉郷・有馬。その魅力を、クイズを通して、ゆっくり味わっていきましょう。
こんな問題が出てきます
具体的な答えは伏せておきますが、こんなジャンルから出題されます。
- 有馬温泉が数えられる「日本三古湯」——残りの2つはどこ?
- 有馬を代表する、濃い色をした個性的なお湯の正体
- 1400年の歴史を裏付ける、古い書物に記された天皇の逸話
- 太閤・豊臣秀吉が、有馬に通った驚きの回数
- もう一方の、透明でさっぱりとしたお湯の特徴
- 有馬の定番みやげ「炭酸せんべい」が生まれた時代
- 荒れ果てていた有馬温泉を再興した、あるお坊さんの物語
- 秀吉が有馬で開いた、豪華なイベントのお話
- 秀吉が自分のために建てた、温泉御殿の名前
- 有馬の「湯めぐり」を支える、二つのお湯の泉質の違い
日本三古湯としての格式から、金泉・銀泉の二色の名湯、豊臣秀吉との深い縁、名物・炭酸せんべいまで——有馬温泉の魅力を丸ごと味わえる10問です。
温泉に行くのが好きな方は、「次はぜひ有馬に行ってみたい」と思うかもしれません。歴史がお好きな方は、秀吉や天皇とのエピソードに引き込まれるはず。ご家族で「今度の旅行、有馬はどう?」なんて話しながら解くのにもぴったりです。知っていれば、温泉に浸かりながらちょっと自慢できるうんちくばかりですよ。
それでは——太閤さんも愛した名湯・有馬温泉の世界へ。湯けむりの向こうの歴史に、ゆっくりと浸かっていきましょう。
クイズに挑戦!
有馬温泉は「日本三古湯」のひとつ。残りの2つの温泉はどれ?
有馬温泉の「金の湯(金泉)」の特徴として正しいのはどれ?
「有馬温泉」は日本書紀に舒明天皇の訪問が記されており1400年以上の歴史を持つ温泉地である。
豊臣秀吉が1583年(天正11年)の初訪問から文禄年間にかけて有馬温泉を訪れた回数は?
有馬温泉の「銀の湯(銀泉)」は鉄分を多く含む赤褐色の濁り湯である。
有馬温泉の名物「炭酸せんべい」はいつ頃考案された?
1191年(建久2年)に荒廃していた有馬温泉を再興し十二神将にちなんで12の坊舎を建てた僧侶は誰?
豊臣秀吉は有馬温泉で千利休らを招いた大茶会を開いたことがある。
豊臣秀吉が有馬温泉に建てた温泉御殿の名前は?
有馬温泉の「銀の湯(銀泉)」の泉質として正しいのはどれ?
回答と解説まとめ
クイズに挑戦してからおさらいにお使いください。
第 1 問: 有馬温泉は「日本三古湯」のひとつ。残りの2つの温泉はどれ?
正解: 道後温泉と白浜温泉
正解!日本三古湯は有馬温泉(兵庫県)・道後温泉(愛媛県)・白浜温泉(和歌山県)の3湯です。いずれも「日本書紀」や「万葉集」に登場する歴史を持ち古来より皇族や武将に愛されてきた温泉地です。
第 2 問: 有馬温泉の「金の湯(金泉)」の特徴として正しいのはどれ?
正解: 鉄分・塩分を多く含む濃いオレンジ色のお湯
正解!金の湯(金泉)は含鉄-ナトリウム-塩化物強塩高温泉という泉質で鉄分・塩分を豊富に含み空気に触れると酸化して濃いオレンジ色・赤褐色に濁ります。浸かると腕も足も見えないほどの濃さが特徴の全国的にも珍しいお湯です。
第 3 問: 「有馬温泉」は日本書紀に舒明天皇の訪問が記されており1400年以上の歴史を持つ温泉地である。
正解: ○
正解!「日本書紀」によれば631年(舒明天皇3年)に舒明天皇が86日間有馬温泉に滞在したと記されています。1400年以上の湯治の歴史を持つ有馬温泉は日本最古の温泉地のひとつとして名をはせてきました。
第 4 問: 豊臣秀吉が1583年(天正11年)の初訪問から文禄年間にかけて有馬温泉を訪れた回数は?
正解: 9回
正解!豊臣秀吉は1583年(天正11年)の初訪問から文禄3年(1594年)まで9回も有馬温泉を訪れました。千利休・石田三成らを招いた大茶会を開き湯山御殿を築くなど有馬温泉に多大な貢献をした「太閤さん」です。
第 5 問: 有馬温泉の「銀の湯(銀泉)」は鉄分を多く含む赤褐色の濁り湯である。
正解: ×
正解!鉄分を含む赤褐色の濁り湯は「金の湯(金泉)」です。「銀の湯(銀泉)」は炭酸泉とラジウム泉の混合で無色透明のお湯です。有馬温泉では二種類のまったく異なる泉質のお湯を楽しむ「湯めぐり」が名物です。
第 6 問: 有馬温泉の名物「炭酸せんべい」はいつ頃考案された?
正解: 明治時代(1907年頃)
正解!炭酸せんべいは1907年(明治40年)頃に三津繁松が有馬温泉の炭酸泉(銀泉)を使って考案しました。小麦粉・片栗粉・砂糖・塩を炭酸水で練って薄く焼き上げる製法で当初は離乳食・病後食として広まり後に有馬温泉を代表するみやげになりました。
第 7 問: 1191年(建久2年)に荒廃していた有馬温泉を再興し十二神将にちなんで12の坊舎を建てた僧侶は誰?
正解: 仁西上人(にんさいしょうにん)
正解!1191年(建久2年)に仁西上人が荒廃していた有馬温泉を再興し薬師如来を守る十二神将にちなんだ12の坊舎を建設しました。この再興が中世以降の有馬温泉の繁栄の礎となり後の豊臣秀吉の時代へとつながっていきます。
第 8 問: 豊臣秀吉は有馬温泉で千利休らを招いた大茶会を開いたことがある。
正解: ○
正解!1585年(天正13年)に豊臣秀吉は有馬温泉の阿弥陀堂の庭で大茶会を開催しました。石田三成・大谷吉継などの近臣や茶の湯の名手・千利休・今井宗久らが参加した大規模な茶会で有馬温泉の格式を高めました。
第 9 問: 豊臣秀吉が有馬温泉に建てた温泉御殿の名前は?
正解: 湯山御殿
正解!豊臣秀吉は1594年(文禄3年)に有馬温泉に「湯山御殿」を建設しました。1596年(慶長元年)の大地震で一度倒壊しましたが再建されました。現在は「太閤の湯殿館」として当時の岩風呂や庭園の遺構を見ることができます。
第 10 問: 有馬温泉の「銀の湯(銀泉)」の泉質として正しいのはどれ?
正解: 炭酸泉とラジウム泉の混合で無色透明のお湯
正解!銀の湯(銀泉)は炭酸泉(炭酸水素塩泉)とラジウム泉(放射能泉)の混合で無色透明のさっぱりとしたお湯です。湯上りが爽快な銀泉と濃いオレンジ色の金泉を両方楽しむ「湯めぐり」が有馬温泉ならではの醍醐味です。



