【クイズ】毎日使うあの「お醤油」、実は千葉が日本一の王国だった!発祥地クイズ
キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ——日本一の醤油の産地は、実は千葉県。創業400年の老舗、全国シェア約38%、利根川の水運…毎日使うお醤油の意外な歴史を10問のクイズで振り返りましょう。
冷ややっこに、ひと垂らし。お刺身に、ちょいとつけて。煮物に、照り焼きに、卵かけごはんに——。
日本人の食卓に、醤油のない日はありません。これほど毎日あたりまえに使っているのに、その「お醤油」がどこで、どうやって作られているのか、じっくり考えたことのある方は少ないのではないでしょうか。
実は、日本一の醤油の産地は、千葉県です。
「えっ、千葉?」と思われたかもしれません。でも、これは正真正銘の事実。台所に置いてあるあの有名ブランドの醤油も、たどっていけば千葉県のとある町にたどり着きます。それも一社や二社ではありません。日本を代表する大手醤油メーカーが、いくつも千葉に本拠地を構えているのです。
しかも、その歴史がまた、とびきり古い。江戸時代のはじめ、いまから400年も前にさかのぼる老舗もあるほどです。なぜ千葉が「醤油王国」になったのか。そこには、川の流れと、海を渡ってきた職人と、江戸の食文化が深く関わった、壮大な物語が隠れています。
今回のクイズは、そんな千葉の醤油をめぐる10問。毎日醤油を使っている方ほど、「あのブランドが、そんな歴史を持っていたとは!」という発見の連続になるはずです。さあ、あなたは何問正解できるでしょうか?
「千葉県」が、なぜ醤油王国になったのか
千葉県は、関東地方の南東に大きく突き出た房総半島を擁する県。三方を海に囲まれ、温暖な気候と豊かな水に恵まれた、農業・漁業の盛んな土地です。東京の隣にありながら、のどかな田園風景と長い海岸線を併せ持つ、懐の深い県でもあります。
そんな千葉が「醤油王国」になったのには、はっきりとした理由があります。
ひとつは、地理の力。千葉には大きな川が流れ、その水運が、重くてかさばる醤油樽を運ぶのにうってつけでした。陸路で馬や荷車を使うより、川舟にたくさん積んで運ぶほうが、はるかに大量に、安く運べる。この「水の道」が、千葉の醤油を巨大消費地・江戸へと運び、産業を一気に押し上げたのです。
もうひとつは、人の力と技術の伝来。醤油づくりの本場から、優れた技術を持った職人がはるばる千葉へやってきて、その地に醸造の文化を根づかせました。海を越え、土地を越えて運ばれてきた技が、千葉の風土と出会い、独自の発展を遂げていったのです。
そして、温暖で湿潤な気候は、醤油づくりに欠かせない麹菌(こうじきん)の働きにぴったりでした。良い水、良い気候、便利な輸送路、そして優れた技術——醤油づくりに必要なものが、すべて千葉には揃っていたのです。
こうして千葉は、何百年もかけて日本一の醤油の産地へと成長しました。今や、台所にあるあの赤いキャップのボトルも、煮物を美味しくしてくれるあの一滴も、もとを辿れば千葉の蔵で生まれたもの——そう思うと、いつもの食卓が少し違って見えてきませんか。
こんな問題が出てきます
具体的な答えは伏せておきますが、こんなジャンルから出題されます。
- 千葉の醤油を支える、2つの「醤油の町」の名前
- 誰もが知るあの大手ブランドの、前身となった会社が生まれた時代
- 創業400年を超える、超老舗メーカーの発祥地をめぐる話
- 千葉県の醤油が、全国シェアでどれくらいを占めているのか(これは驚きの数字!)
- 海をこえて千葉に醤油づくりを伝えた、ある創業者の出身地
- おなじみのあのブランド名が、全国で統一されるまでの長い道のり
- 「醤油の町・銚子」に本社を置く、2つのメーカーの組み合わせ
- いまや当たり前の「濃口しょうゆ」が生まれた、意外な時代
- 千葉と兵庫、2県だけで全国の醤油のどれくらいを占める?
- 江戸時代、野田の醤油を大量に江戸へ運んだ「ある輸送ルート」
キッコーマン・ヤマサ・ヒゲタという誰もが知る大手から、川の水運の歴史、濃口しょうゆの誕生まで——千葉の醤油を丸ごと味わい尽くす10問です。
「うちはずっとこのメーカーの醤油」という方ほど、その歴史を知ると、いつもの一本がもっと味わい深くなるはず。ご家族と「これ、知ってた?」と話しながら解くのにもぴったりです。今度スーパーで醤油売り場の前に立ったとき、ちょっと自慢できる雑学やうんちくが手に入りますよ。
それでは——奥深い千葉の「醤油王国」の物語に、ひと垂らし、触れていきましょう。
クイズに挑戦!
醤油の出荷量日本一を誇る千葉県。キッコーマンの本拠地「野田市」と並ぶもう一つの醤油の町はどこ?
「キッコーマン」の前身「野田醤油株式会社」が設立されたのはいつ?
ヒゲタ醤油は1616年(元和2年)に千葉県野田市で創業した。
千葉県の醤油出荷量は全国のおよそ何%を占めている?(2022年実績)
ヤマサ醤油を1645年に銚子で創業した初代濱口儀兵衛の出身地はどこ?
キッコーマンの前身「野田醤油株式会社」が全国で商標を「キッコーマン」に統一したのは1940年(昭和15年)のことである。
千葉県銚子市で創業した醤油メーカーの組み合わせとして正しいのはどれ?
ヒゲタ醤油が現在の「濃口しょうゆ」(小麦を原料に用いる製法)を開発した時代はどれ?
千葉県の醤油出荷量は全国1位で、2位の兵庫県と合わせると全国の半分以上を2県で占める。
江戸時代に野田市の醤油が大量に江戸へ運ばれた主な輸送ルートはどれ?
回答と解説まとめ
クイズに挑戦してからおさらいにお使いください。
第 1 問: 醤油の出荷量日本一を誇る千葉県。キッコーマンの本拠地「野田市」と並ぶもう一つの醤油の町はどこ?
正解: 銚子市
正解!千葉の醤油産地は野田市(キッコーマン)と銚子市(ヤマサ醤油・ヒゲタ醤油)の2拠点が中心。国内大手5社のうち3社(キッコーマン・ヤマサ・ヒゲタ)が千葉を発祥・拠点とし、県全体で全国出荷量の約38%を担う「醤油王国」です(2022年実績)。
第 2 問: 「キッコーマン」の前身「野田醤油株式会社」が設立されたのはいつ?
正解: 1917年(大正6年)
正解!茂木家・高梨家を中心とする一族八家が1917年(大正6年)12月に野田醤油株式会社を設立。各家の醸造設備を持ち寄って統合し国内最大規模の醤油メーカーとしての歩みをスタート。現在のキッコーマンの原点です。
第 3 問: ヒゲタ醤油は1616年(元和2年)に千葉県野田市で創業した。
正解: ×
正解!ヒゲタ醤油は1616年(元和2年)創業ですが、本拠地は野田市ではなく銚子市です。田中玄蕃が銚子で醸造を始めたのが起源で2016年に創業400周年。国内最古クラスの醤油メーカーとして今も銚子で醤油を造り続けています。
第 4 問: 千葉県の醤油出荷量は全国のおよそ何%を占めている?(2022年実績)
正解: 約38%
正解!2022年実績で千葉県の醤油出荷量は全国の約38%を占め全国1位。2位・兵庫県(約16%)に大差をつけてトップです。キッコーマン(野田)・ヤマサ・ヒゲタ(銚子)の大手3社が揃う千葉は「日本の醤油王国」の称号がぴったりです。
第 5 問: ヤマサ醤油を1645年に銚子で創業した初代濱口儀兵衛の出身地はどこ?
正解: 和歌山県(紀州)
正解!ヤマサ醤油の創業者・初代濱口儀兵衛は醤油発祥の地・紀州(現和歌山県)広村の出身です。本場の技術を持って銚子に渡り1645年(正保2年)に創業。以来12代にわたって品質の高い醤油を作り続けています。
第 6 問: キッコーマンの前身「野田醤油株式会社」が全国で商標を「キッコーマン」に統一したのは1940年(昭和15年)のことである。
正解: ○
正解!キッコーマン(野田醤油株式会社)の商標統一は段階的に行われ1927年(昭和2年)に東京市場向け1940年(昭和15年)に全国的な「キッコーマン」ブランド統一が完了しました。1917年の設立から23年をかけた大改革でした。
第 7 問: 千葉県銚子市で創業した醤油メーカーの組み合わせとして正しいのはどれ?
正解: ヤマサ醤油とヒゲタ醤油
正解!銚子で創業したのはヤマサ醤油(1645年創業)とヒゲタ醤油(1616年創業)の2社です。キッコーマンは野田市が本拠地。野田と銚子という2大醤油産地を擁するのが千葉を醤油王国にしている理由です。
第 8 問: ヒゲタ醤油が現在の「濃口しょうゆ」(小麦を原料に用いる製法)を開発した時代はどれ?
正解: 江戸時代(1697年・元禄10年)
正解!ヒゲタ醤油は元禄10年(1697年)に小麦を使う醸造法を開発し今日の「濃口しょうゆ」の原型を作りました。元禄文化が花開く江戸時代のことです。この製法が全国の醤油造りに広まり現代の醤油の礎となりました。
第 9 問: 千葉県の醤油出荷量は全国1位で、2位の兵庫県と合わせると全国の半分以上を2県で占める。
正解: ○
正解!2022年実績で千葉県(約38%)と兵庫県(約16%)を合わせると全国の醤油出荷量の約54%に達します。千葉の大手3社(キッコーマン・ヤマサ・ヒゲタ)と兵庫のヒガシマル醤油などが日本の醤油産業を二分しています。
第 10 問: 江戸時代に野田市の醤油が大量に江戸へ運ばれた主な輸送ルートはどれ?
正解: 利根川・江戸川を利用した水運
正解!野田市は利根川と江戸川に挟まれた立地を活かし水運で江戸へ醤油を大量に運びました。醤油樽を積んだ川舟が行き来する利根川水運が野田を「醤油のまち」として発展させ今日のキッコーマンへとつながる礎を築きました。



